土曜日に幼なじみの結婚式に出席するのに着物を着るため、久しぶりに実家に帰った。成人式の時に彼女と2人で振り袖を着て、写真を撮ってからもう8年。早いなあ。
と、この話はおいておいて。
結婚式から戻ると、「故人を偲ぶ会」が開かれる都内某ホテルに出かける喪服姿の父親とすれ違う。何だか冠婚葬祭の日だ。夕方出発したはずが、夜中の1時をすぎてもまだ帰ってこない父が心配になり、母と2人でそわそわ待っていると、少し興奮気味の父帰宅。
話を聞いてみると故人はなんと33歳。父が何十年も前から親しくしている仕事関係の人の息子さん。大学を卒業し、父親の会社で一生懸命働いていたその彼を、私の父親もよく知っていたそうで、
「あんなに壮快で男前のやつはいなかったなあ」
としみじみつぶやく。30歳の時にがんが見つかったが、抗がん剤やモルヒネを全て拒否し、まわりが気づかないぐらい精力的に働いていたそうだ。ガンが全身に転移した最後の半年はやはり病院で治療していたそうだが、決して弱音は吐かなかったという。その彼が病室で続けたこと、それが「書道」だ。
彼が書きためたその1枚1枚が「偲ぶ会」で本となって、集まった人々の手に渡ったという。不思議なことに、1ページ1ページ、別の人間が書いたのか、と思わされるほど字体が違う。それは彼の体調からきたものなのか、心情の変化からきたものなのかはわからないが、見応えのある「書」だった。
「おれは死なない。そーしきなんかしないぜえ。」
「さびしくなんかない、みんながいるし。」
「友愛」
「いなくなってもオレはみんなのこころの中に残ってやるぞお。ByeBye♡」
「生きて来た道、オレの道」
などの書を見ながら、病魔と闘ということは結局、自分の「気」と闘うことなんだろうなと思いながら、胸が詰まる。
亡くなる数日前、「痛い」とか「つらい」とかそれまで一言も言わなかった彼は、父親の手を握って言ったそうだ。
「父さん、やっぱり痛いからモルヒネを打とうかな。」
それは、父親が息子に甘えられた唯一の一言だったそうだ。
彼の33年間という生涯の中に、たくさんの「笑い」があったことを
心から願いつつ。冥福をお祈りします。(SAK)